dialogue Raise,Towa


R

ぼくが生まれたのは、冬の、冷たくて、暗い場所だった。そのせいにしたいわけじゃないよ、どんな暗いところで生まれたって、優しくなれないなんてことはない。むしろ、痛みを知っているならなおさら、ひとに優しくできるはずだよね。でもぼくは、何かがうまくいかなくて、ずっと冷たくて、暗いままなんだ。どんなに明るい光の中でも、暖かな温もりや、笑い声や、優しさの中にいても、ぼくの中心の部分には溶けない氷が埋まっていて、いつまでも冷たいままなんだよ。

きみのせいじゃないんだ。きみに何か足りないからではないんだ。ただ、ぼくにはどうしても、こういう瞬間が来てしまうっていうだけ。こうやって、身体の中心から、冷たく固くなってしまうことがさ。ぼくは生まれるとき、何かがうまくいかなかったんだ。きみのせいじゃないよ。だから、そんな顔をしないで。ぼくは、ぼくのせいで誰かを悲しませるてしまうことが、一番つらいんだ。


T

(ぼく、大事なお話の時は動揺しないで、しっかり聞こうって思ってたのに、顔に出ちゃったかな……?)

溶けない氷という言葉を聞いて、ぼくは子どもの頃に聞いた、おとぎ話のことを思い出したよ。冬の国に暮らす、魔女とお姫さまのお話。二人はとても仲良しだったんだけど、魔女はあるときは雪の呪いにかかって、触れたもの全てを凍らせてしまうようになってしまったんだ。次第にお姫さまを避けるようになって、二人はすれ違ってしまう。あるとき、とっても悲しいことが起きるんだ。想像しただけでも涙が出ちゃうような、とっても悲しいことだよ。救うことができるのは、真実の愛の力だけなのだという。みんな、それは王さまとか、王子さまとかと、恋をすることだと思った。だって今までの物語はみんなそうだっから。けれどお姫さまは、それを選ばなかった。お姫さまは、魔女の唇にキスをしたんだ。そのとき、国を凍らせていた全ての氷が溶けていった。みんな助かったんだよ。

魔女とお姫さまは、ぼくたちの心の中にもいて、いつもすれ違っているんだ。冷たい氷と暖かい光は、すれ違うものだけどね。ぼくは、本質としては、同じものなんじゃないかなって思うんだ。氷と光が重なり合うようなことがね、真実の愛の力なんだって。


R

ぼくはそういうとき、放っておいてほしいって思うよ。
みんな、勝手なことばかり言う。



T

うん。
ぼくが言いたいのはね、状況っていうのは、どんどん変わっていくんだってこと。絶対に変わらないと思っていたことが、生きているうちに、ふっといろんな方向に転がっていくものなんだっていう話だよ。



暗闇の中で光る、小さな光。
暖かな昼間では、見逃してしまうだろう。
どうして、ぼくにはきみが見えるのかな。
ぼくらには、どんな意味があるのだろう?



R

ぼくはぼくの冷たい部分に、誰にも触れてほしくないんだ。きっと(きみの話に例えれば)、その呪いで、触れた全てのひとを傷つけるから。もしできるなら、誰にも関わらずに、いつまでも一人で生きていきたい。誰もいない静かで穏やかな場所で、いつまでも微睡んでいたい。ほんとうのことは、最後まで秘密にして。
でも、ぼくにはできないんだろうな。勇気がないから。すぐに寂しくなったり。


T

誰かに優しくしたくなったり。


R

ぼくは心の底から誰かに優しくあれたことなんて一度もないよ。


T

ほんとうの愛って、目に見えないものなんだよ、レイスくん。
でもね、たしかにそこに在るんだ。



R

ぼくにもいつか、真実の何かを受け取れるときが来るのかな?




(微笑み。)

(流れる、美しい風景。)



R

氷が溶けるって、どんな気分なんだろうね。



その問いに答えるように、小さな冷たい左手を、暖かな右手が包んだ。

(本質としては同じ、寂しさと優しさ。)

言葉にできない気持ちがいくつもいくつも、夜空を流れていく。

夜光

遠くに行きたかったの。
誰もわたしを知らないところへ。
わたしの名前が要らないところへ。

地獄では、誰かがぼくを裁いてくれるから
自分で自分を裁く必要がないんだ。
楽だね、誰も自分で死ななくていいし、殺さなくていい。
もう、誰も。

神様、大事なこと分かってないね。
彼らが「生まれてこない方がよかった。」と言うとき、
そこにあるのは救済だよ。

「生まれてこない方がよかった。」と言うとき、
例えるなら胸にお守りを抱いていて、
それは魔法の呪文のように、唱えると少し心を強くしてくれる。


何もない真っ暗な夜に、
春の温度だけが生温かく満ちて。

ほら、灯りがなくても、白い花は輝いて見える。
だから怖いって言われるんだよ。

ジワジワと欠けていく心を、観察でもするように、静かに見守っている。


ごめんね、言葉は、足りなくて良いと思った。
初めから、説明して分かってもらおうなんて、思ってなかったんだ。

一番赤く、艶があるのが毒林檎。
きみには先に教えておいてあげる。
順番にバスケットを回して、
どうぞ、好きなのを一つ選んで。

今までの道のりが全て運命だったとしても、
この後どう行動するか、何を発言するかは、きみ次第だから。


遠くに行きたかったの。
誰もわたしを知らないところへ。
わたしの名前が要らないところへ。

そのときに初めてわたし、世界の一部になれる。
そのために生まれてきたんだって思えるの。


長い長い旅の果てに、ようやく見えた終着点。
きみが、人生を価値がないものと思ったとしても、仕方のないことだからね。
それは、きみのせいではない。

きみのせいではないから。



毒林檎/地獄/終着点

車窓

きみの声が響いて
夢の先の音を
思い出させようとする。
いつも。

消さないで、
終わらないでって声が響く。

同じことをぼくだって願ってるんだよ。
なのにどうしてこんなに
違う景色が映るんだろうね。
きみの望むものは
この窓にはもう。


何にもね、
何にも、要らない。って言って
ぎゅっと目を閉じた。

そのまま、ありのままじゃ、傷つくだけだって知ってる。


終わりだよ。
この夢はもう。
きみは、きみ自身のことが、
やっぱりいつも少し嫌いだ。
しあわせな時間のあとにも変わらない隙間があること、
気づいてるよね。


(知ってる?
 心って言葉で変わるんだよ。)


大丈夫。
ありがとう。
優しいね。
もう、行かなくちゃ。

立春

明るい歌が少しずつ遠くなって、やがて静寂が訪れた。
冬のきんと冷えた空気を切って、空高く飛ぶ。

正しいかどうかは、分からない。
きみの味方でいたいから、きみの行為ごと肯定した。
それで良かったと、思ってはいるけれど。

やがて重力もなくなれば、際限なくどこまでも行けるのだと言う。
どこへでも行けるのなら、どこまで行こうか。
どこで終わりにしたい?


生きていてほしい、という言葉は、大抵の場合、暴力になるよ。

少しずつ、もらったものは返さなきゃね。
体についた金の箔を一枚ずつ剥がして、貧しい誰かに配って回る。

きみは世界の優しさを信じて、そのために全てを捧げたのだから、
世界の方も少しは価値があってほしいよな。

誰にも知られない方がいいと言うならせめて、
どの星になるのかは、自分で選んでごらんよ。

例えば、
一年中位置がずれなくて、広い海の上でも迷わない目印になる星がいいとか、
太陽が傾いて空のオレンジが紫に移るとき、一番最初に見える星がいいとか。

願いごとが具体的であればあるほど、
創られる世界は豊かになるよ。


ただの無知を、純粋だと思って。
従順であることを、美徳だと思って。
物語みたいって笑って、
自分の弱さに甘えたんだね。

許すことが、受け入れることではなく、諦めの先にあると気付いたとき、
ずっと歩き続けていた足を止めた。

目を閉じて、三秒。
もう一度開けてみると、暗闇に目が慣れて、先ほどは見えなかった星が見える。

例えばそう、
幸せとは、いつも静かな孤独の中にあったね。

星と星を繋いで、微かな灯りをつたえば、次々と思い出す。
すぐに忘れてしまうような日々の中に、本物の幸せがあったね。
輪郭が光に溶け込んで、そのまま、分からなくなって。


優しいきみのことは、最後まで、優しい記憶でいてほしいから
これ以上何も語ることはないのさ。

曇りない空の、夕方に沁み渡るオレンジ。
まだ固いままの桜の蕾が、しんと冬に耐えている。



蕾/無知/オレンジ

ワルツ

目を開けて、また閉じて
ここはどこだろう?と思う。

春のような生温い温度で満たされていて、
まだ眠っているのか、現実なのか、判断がつかない。

このまま終わるという手もあるよ。
ぼくが笑えば、きみも笑う。
ぼくが真面目な顔をすれば、きみだってそうするだろう。
草木が芽吹き、若草色の大地がどこまでも続いている。
また、穏やかな風が吹いて。
どんな選択も、ぼく次第ということだ。

きみは不器用な手先で、
凍えるといけないから、と言って、
ぼくの首にマフラーを巻いた。


一生懸命に言葉を尽くしても、どうなるわけでもない、ということもある。

たくさんの可能性を探して、束ねて、
メモでいっぱいになったノート。

大切なことはいつも、あまりにシンプルすぎて、
そのまま、それだけを信じて生きるのは、人間には難しそうだな。
きみのせいじゃないよ。
楽しかった時間は本物。
でも、悲しかった時間も同じくらい、同じくらい本物なんだ。

どこからか蝶が一羽、ひらひら舞い降りて、鞄の上に止まった。


迷ったときは、いつもの丘の上で待ち合わせ。
ぼくたちのありふれた日常。

優しい言葉で満たして、それ以外何も分からなくしてくれる?

言葉にしなかった思いは、吐息に溶け、空気に混ざり、きみが気付いたようにこちらを見つめる。

そろそろ、選択をしないといけないね。


あ、飛んだ。


きみの視線が空に移り、
ぼくも同じように空を見上げる。

白い雲が白鳥のようだね。
トゥシューズを履いて、くるりと回る、ワルツのステップ。

もしこれが夢だとしても、
きっと現実と変わらない。


悲しくて泣いたこと、忘れることはないよ。
何度も、薄れかけては思い出して、強固にして。
あんまり強くなったから、いつか世界を壊すかもしれない。
そうなったらごめんね、って。

夢かもしれない今と、
現実かもしれない今。

きみの声は聞こえた。
ずっと聞こえてた、それでも。


メモ/ワルツ/待ち合わせ
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